学校からはじめる確実なエコが、やがて大きなムーブメントへ


1.建築専門家の最低限の責任

低炭素化社会の実現、そして、3.11 とその後の痛ましい現実から改めて気づくエネルギーの安全保障の確立、そのためには、再生可能エネルギーに転換していくことも重要だが、同時に、1980 年以降の物理的豊かさの向上とともにエネルギーが増加の一途を辿る住宅や一般建築物に対して、この間に構築してきた多くの知識や技術を結集し、徹底的な省エネ化を進めていかなくてはならない。
わが国には、すべてが良質といえるかはともかく、約5000 万戸の住宅、数百万棟の一般建築が存在しており、今後の経済・人口動向を考えても、以前のように新築が大量に必要になる時代はすでに過ぎている。したがって、新築の省エネルギー性能を飛躍的に向上させても、民生・業務部門全体の省エネ・低炭素化に貢献するには相当長い年月を要する。今後は、新築ではさらに高い省エネ目標を掲げ、そこで培い、製品化される高性能建材や各種設備機器をツールに加えながら、それらを如何にスピーディーに既存改修に展開していくかが重要であり、それがまた課題先進国日本の次なる成長戦略につながる。
ところで、現状の技術で、ゼロエネルギー建築(ZEB)をつくるのはそう難しいことではない。国が主導し熟成してきた各種トップランナー機器を使い、太陽光発電等を満載すれば、例えは悪いが、数十年前に建築された「不良在庫」でもZEB 化は可能だろう。しかし、寒さや暑さ、まぶしさや暗さなど、不快な環境を我慢で耐えしのぐZEB では、過去の電脳建築と同様、国民には根付かず、やがて忘れ去られる。「省エネと居住環境の質」が両立していない建築があまりにも多いなかで、地球も人も幸せをもたらす幸せな建築をどう‘かたちにする’か、これは昔も今も建築に携わる専門家の最低限の責任であり、それが3.11 以降、特に強く問われている。

2.「北総研」から「学校へ」

筆者の専門は、改めて振り返ると「省エネと環境の質」の両立を目指した技術・設計手法の開発、そして、その時点の成果を基に‘かたちにする’ことである。平成6年頃までは、戸建住宅や公営住宅の実設計にかかわってきたが、数多くのミッションに参画しても、住宅という特性からか、恩恵を受ける主体は限定的で、「標準解」を変える大きなムーブメントにつなげるには、一体、あと何軒……という疑問を感じ始めていた頃、国の住宅省エネ基準策定のミッションに参加する機会を得た。それ以降、住宅に関しては基準とものづくりの両輪で、住宅を良質ストック化するタスクをさせていただいている。
一方、同じ頃、「北総研」の旭川移転・改築が決まり、住宅研究で学んだ経験を基に約1万㎡の庁舎建築の環境設計にかかわることになった。不特定多数が利用する公共建築は、企画・設計段階から関与する関係者は数多く、「標準解」を壊すには住宅設計とは比べものにならないほど、予測とシナリオ構築に相当な時間が必要となることを経験した。この過程や施設の概要は別稿に譲るとして、基本構想から満4年経過した2002年春、運用を開始した(写真1、2)。それまでの標準解に比べ40%のエネルギー削減を実現し、寒冷地の定番である‘壁の建築’とはまったく異なる「自然や場所のエネルギーポテンシャルを最大限活かし、省エネと環境の質が両立する空間」が生まれた。ありがたいことに、今でも年間数百人以上の見学者(施設視察)が訪れる。ものづくりに関わった人間、見学に来られる方々、それぞれが、さまざまな環境現象をわかりやすく「見える化」できたこの空間を体験し、何かを感じて、それぞれの仕事に戻っていく。やがて市町村や地域の教育委員会などから施設設計の相談が舞い込むようになった。多数の人間が出入りできる建築であるからこそ、存在することで次なる展開が生まれる、その可能性を「北総研」から学んだ。

写真1 「北総研」外観

写真2 北総研内観

学校建築は、地域においては、こどもたちが生活の大半を過ごす場として、そして親や地域住民が利用する基幹施設として最も重要な施設であり、小さなまちほどその重要性は増す。学校建築を、単なる省エネルギー建築でなく「北総研」と同じような表現建築にできれば、それがもたらす様々な効果はさらに高まる。
北海道に限らず日本の大半の地域では、少子化・過疎化に伴い学校の統廃合が進行し、存続校においても財政難のため改築・修繕は容易ではない状況にある。一方で将来的な人口動向を見据え、周辺に点在する学校を積極的に統廃合し、限りある予算を中核的な学校に投入して改築・改修するケースも増えてきている。
「北総研」がきっかけとなり、この数年間で十数余の学校建築の環境デザインに参画してきた(写真3、4)。一連のタスクを通じて、改めて学校建築がもたらす効果を実感したが、以下では、その一例として、ある中学校の有形無形のさまざまなエコ改修を紹介させていただく。

写真3 北海道士別市朝日町
糸魚小学校

写真4 北海道鵡川中学校


3.黒松内中学校のエコ改修

北海道南部に位置する黒松内町は、ブナの北限生息地として知られ、恵まれた自然資源を活用した環境運動と農・酪農業を主産業とした人口3194人(2011.10現在)の山間に囲まれたまちである。昭和53年に建設された黒松内中学校は老朽化に伴う機能更新と、黒松内活断層の直下型地震に対応するため、緊急かつ大規模な耐震改修が必要であった。環境運動に熱心なまちとしては、文部科学省補助による耐震改修のみながらず、環境省補助を受けてエコ改修する道を選んだ。平成17年度より実務者や教職員・生徒を交えたワークショップを実施し、公開プロポーザルを経て、平成18年春に実施設計が終了、補助金の関係から仮設校舎の建設・移転含め実質わずか半年の突貫工事の末、平成19年3月初めに竣工、卒業生は無事、改修後の新たな校舎から旅立った。

図1 北海道黒松内中学校
(a) 改修前平面図

(b) 改修後平面図

表1 建築・設備概要

写真5 黒松内中学校 改修前 廊下 内観

写真6 黒松内中学校 改修後 ひかりのみち 内観

ここで特筆しておきたいのは、このコンセプトは、必ずしも環境デザインのみから決まったものではなく、不要な空間を構成する躯体を撤去し、軽量なガラス外皮に置き換えることで建物を減量化し、意匠的に見苦しい耐震用筋交いや空間設計上の制約となる構造耐力壁の新設を抑えることができるという、「標準解とは異なる」構造デザインなくしては実現には至らなかったという点である。

4.大きなムーブメントにつながる新たな一歩に必要なこと

(1)戦略と行動

改修後の運用エネルギーは、設計段階では40%程度と予想(図2)していたが、実際にはそれを上回る削減効果が実現できている。この学校では自動制御と呼べるものは暖房設備しか導入していないが、企画・設計段階から始まり今も続いている学校教師らの熱心な環境教育の実践と改修後の生徒らの自主的活動が、‘想定’以上の削減効果を支える原動力となっている。一方で冷静に見ると、単純なB/C、すなわち改修に要した約4億円のコスト(省エネ改修分はこのうち2.7億円)を運用エネルギー削減コストで除した回収推定年数は100年以上となり、とても元を取れるというには程遠いのが現実である。実は、この学校の竣工とともに、もうひとつの集落の小さな小中学校を閉校した。もちろん生徒たちはスクールバスでこの魅力的空間に元気に通学しており、教育上の支障はまったくない。この閉校した学校の年間運営費は4千万前後、それらも合わせてB/Cを考えると改修に要したコストは10年強で回収できることになる、それがこのプロジェクトの本質的B/C戦略である。

図2 改修後の断面図と主なエコロジカル技術

図4 運用エネルギー推定結果 (一次換算値)

黒松内町に限らず、地方の市町村では、国家的基幹施設がない限り、財政上健全なところは少ない。多少の痛みは生じても、それに余りあるメリットの創造に向けて、勇気をもって新たなアクションを起こせるか否か、結局のところ、地域・まち・組織、いずれの場合であっても、戦略を練り、決断を下すリーダとコアスタッフの存在が、それぞれのサスティナブルの最低条件なのである。

(2)丹念につくる

優れた書籍、映像、舞台、旅先なら魅力的風景・空間・ひとに出会ったときに、何かを感じ、それが持続すると、時には考え方さえ変革させるきっかけになる。学校建築は、地域に住まうほぼすべての子供たちが多感な時期に、生活時間の大半をすごす場所である。そこで過ごす空間・時間を魅力的なものに設えることができるなら、その効果ははるかに大きいだろう。そして、学校建築の設計上のおもしろさは、何といっても、AUTO(機械仕掛け)の建築とは対極にある、建築と人が協働するHUMAN-CENTEREDなデザインが可能な点であり、建築がひとを育て、ひとが建築を育て、建築もひとも成長を続けていくところである。さらに、子供たちは入学・卒業というサイクルの中で、常に新陳代謝し、この空間で培われたDNAが社会へと旅立って行く。仮に旅立つ先がそのまちでなくても、それぞれの居住地で、やがて社会人となり、家庭人となり、そのDNAが拡張する最大の可能性を有する建築、それが学校建築である。学校をひとつひとつ地域で丹念に創り上げること、それは、知的生産性の観点のみならず、日本を明日へと導く、地域で最も優先すべき戦略である。

(3)古き「標準解」を壊す

建築(特に公共建築)には、地域、全国で「標準解」というものが存在する。実は、この「標準解」という存在自体が、残念なことに、数多くの負の建築をつくってきた原因でもあり、創造の芽を摘み取る一因となっている。ものもノウハウも未成熟な時代には、質の確保と大量生産型ビジネスも同時に成長させる「標準解」は、それなりの意味はある。しかし、それらが成熟した現代では、ややもすると「標準解」は考えることを避け「赤信号、皆でわたれば……」的な人間の温床、そのような人間の製造に貢献する恐れを感じる。
実は「標準解」が悪いのでなく、それに纏わる人に問題があるのではないか。古き「標準解」を壊す原動力は、1つは素人にもわかりやすく、徹底的な「見える化」を図ること。熱・風・光・空気に関しては、設計段階であればそれをビジュアルに示す支援ツール、運用段階ではモニタリングシステムも相当充実してきており、それを使わない手はない。もう1つは繰り返しになるが、それをコンテンツにして上手に語り、人の意見を掬い上げる‘ひと’を育てること。この国の国民技といえる手先の器用な寡黙な人はたくさんいるが、それだけではドラマはつくれないのは、映像も建築も同じである。そして、古き「標準解」を壊し、新たな「標準解」をつくること、これも重要なこれからの戦略である。
財政難や人口減少は一見、夢のないことのように思えるが、実は、真摯なものづくりへと導く、確かな原動力であり、まさに今、千載一隅のチャンスが訪れてきている。「そのために何ができるか」、それが、本稿でお伝えしたかった最大の趣旨でもある。
鈴木 大隆(すずき ひろたか)
地方独立行政法人 北海道立総合研究機構 建築研究本 部 北方建築総合研究所 環境科学部 部長 室蘭工業大学大学院修士課程を経て、昭和 59 年より同大学建築工学科助手、寒地住宅の断熱構法研究や空間設計 手法に関する研究に従事。平成 3 年より、北海道立寒地 住宅都市研究所(現 北方建築研究所)にて住宅及び一般 建 築の省エネ技 術、 エコロジカルデザインに関する研究に従事。平成 23 年 4 月より現職。専門分野は建築環境工学、建築構法計画とその中間領域。平成 7 年より、国の住宅省エネルギー基準策定などに従事して いるほか、住宅性能表示制度等の省エネ各種施策検討などにも参画。また、研 究成果の展開と普及を図るため、戸建・共同住宅、事務所建築、学校建築等の 実建物の環境設計にも多数関わっている。博士(工学)。
主な著書
・(社)日本建築学会工事標準仕様書 断熱工事 JASS24(日本建築学会)
・住宅省エネルギー基準解説書(建築環境・省エネルギー機構) など
主な環境設計作品と受賞等
・北方建築総合研究所:(財)建築環境・省エネルギー機構 環境・省エネルギー建築 国土交通大臣賞、(社)空気調和衛生工学会学会賞(技術賞)など
・北海道黒松内中学校エコ改修、北海道士別市朝日町糸魚小学校など:(社)日本建築学会 建築作品選奨、日本建築家協会 環境建築賞 など
職場 URL
http://www.nrb.hro.or.jp/

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