プラチナ構想スクール開講の背景
「プラチナ構想」の実現には、そのための実践的知識と全体像の把握、幅広い人的ネットワークと最先端・最高レベルの支援者、そしてなによりも地域の発展の原動力となっていこうとする熱意を持つ人の存在が重要である。「プラチナ構想」とは、これまでの地域経営の視点に「美しい環境の維持」、「活力ある高齢社会」、「働く場所のある地域」、「人間が一生を通じて育つ社会」に関する最先端の科学的知見を加えて、人を引き付ける魅力ある地域社会を作り上げようとする試みである。しかし、そうした熱意と知識を兼ねそなえた人材が不足している点が地域の課題でもある。
このような観点から、現実にプラチナ構想を推進していくためには、そのための人材育成と人材のネットワーク形成を行う必要があるとの結論に達し、「プラチナ構想スクール」を開講することとした。
1.カリキュラムの狙いとスクールの目的
プラチナ構想スクールのカリキュラムの設定にあたっては、当ネットワークとして、「狙い」をどこに置くべきか、ターゲットを誰とすべきか、テーマはどう設定すべきか、何が成功要件か、が論点となったが、この検討のため、関東近郊5
自治体の協力の下、カリキュラムに関するヒアリングを実施した。
ヒアリングの結果、以下のことが判った。
・自治体でも自ら研修を行っている。最近は予算が削られているため規模は縮小してはいるが、大学のMBA
コースへの派遣などは行っている。このためプログラムの差別化が必要。
・組織縦割り、縄張意識の弊害(官のみならず民も同じ)。それが危機をまねいていることを認識していない。→危機感の醸成する内容が必要。
・自ら動き解決していこうとする意欲、勇気の欠如が問題。良いことをやろうとしても、仲間はずれになる。→首長のリーダーシップ、組織的な改革意欲の醸成、組織的なバックアップ体制の整備、仲間・同士作りが必要。
・解決ツールを知っているようで知らない。有りながら知らない。→情報交流、企業との交流の場の提供が必要。
・解決ツールになっていないことを知らない。解決ツールの評価ができていない。→評価ツールの伝授
・ネタがあっても魅力あるビジネスプランにならない→ビジネスプラン作りのための実践的能力開発
・実践に使える情報が欲しい。→他の自治体の実践事例
・ただし、他所の成功事例はそのまま当てはまるわけではない。表層的理解しかしていない。→ビジネスプラン作りのための実践的能力開発
・自治体研修の講師を行った経験では、課題が挙がってこないことが多い。共同作業を行うことが重要。→自主的に取組み課題を考え、それを実現する計画を作成する必要がある。
こうしたヒアリング結果から、プラチナ構想スクールは「リーダーシップの形成、意識の啓発」と「地域人材育成のありかた」、「実践的情報の取得」、そして「自治体間の人的交流」を行いつつ、最終的に参加者自身が「わがまちのプラチナ構想」という形で自らの地域の課題解決計画を立案し、その実現に向けたアクションを促すことを目的と設定した。
2.第1期プラチナ構想スクールカリキュラムと各回の狙い
スクール参加者については、第1期プラチナ構想スクールでは、自治体の中堅幹部としている。将来的には民間企業人にも対象を拡大することも検討しているが、当面は自治体職員である。
カリキュラム内容に関しては、東京大学エグゼクティブマネジメントプログラムと(社)俯瞰工学研究所の協力の下に、下記のように1泊2日・全6回の課程を作成した。第1回から第5回までは、魅力ある地域を形成していくために必要な、幅広い知識を取得するとともに、自らの地域への理解を深めることを目的としている。最終回では参加者それぞれが地域の課題を踏まえた「わがまちのプラチナ構想」を作成し、発表した。スクール終了後は、プラチナ構想ネットワーク事務局が、参加自治体に対してヒアリングを行い、それぞれの地域の「わがまちのプラチナ構想」の実現のためにフォロー活動を行うこととした。第1期プラチナスクールを以下の様にデザインした。
第1回 テーマ リーダーシップとマネジメントが地域を変える 教育: 教育を通じた地域活性化のサクセスストーリーを紹介し、教育の秘める力を実感してもらう。 IT: ITが地域を変える力が実感できるような諸外国の事例紹介を通じて、自らもチャレンジしたいと思わせる。 人: 地域を変えるのは結局は人である。その実例を紹介。 国の政策: プラチナ構想の実現は、現実には、縦割りの国の補助政策を上手に利用して目指す方向に横串を入れる作業。どのようなものがあるのかを理解してもらう。 マネジメント: 行政のPDCA導入の実例を紹介する。 第2回 テーマ エコロジーが地域を変える 次世代環境モデル都市:環境・高齢化対応と住宅の性能・質の問題のリンクによる解法のイメージ スマートグリッド、スマートハウス:日本における実態的知識を身につけ、何が本質なのかを理解してもらう。 学校改修:単なる改修でない建築の持つ力、地域活性化への波及を紹介、現実の苦労と障壁をどう乗り越えるかを考えてもらう。 環境教育:地域生態系の把握などを通じて地域を理解する取り組みの事例を理解する。 セッション:地域における環境配慮の取り組みについて特徴的な事例を発表。それが解決しようとしているものは何で、なぜ解決になるのかを議論する。(アジェンダセッティングのトレーニング) 第3回 テーマ 食と農で地域を変える 農による街づくり:ITを徹底的に活用した精密農業への取り組みとそれを通じた技術力の集積からコンサルビジネスへの展開・・といった地域づくりの戦略性を学んでもらう。 食と高齢者のQOL:最新の栄養学の視点から、高齢者の生活の質と食の関係を紹介。行政の新しい力点として認識してもらう。 プロジェクトスタディ:林業とバイオマスの関係で面白い取り組みを紹介する。 第4回 テーマ 高齢者がいきいきと活躍する地域へと変える 食と農と健康:地域医療による地域活性化・産業創造の取り組みの事例を紹介する。 地域クラスターの作り方:地域を深く知ることの重要性を理解。そこから地域の強みが生まれ、地域産業が創造される。地域資源のリストアップを行ってもらう。 第5回 テーマ 地域の強みが何かを知る ワークショップ 地域資源・お国自慢の発表会:地域資源を十分に知っていることで、ストーリー、必然性の高い地域活性化策を考えることができる。 SWOT分析:地域の強み・弱み・機会・脅威を分析を行う。 地域を活かすIT:ITによる地域資源と強みの組み合わせをどう作っていくかを考えてもらう。 地域密着型ファイナンス:地域活性化のための多様なファイナンスの仕組み、エコ私募債、動産担保ローンなど新しい仕組みの紹介と金融機関による地域支援の実例を紹介し、民間資金の活用方策について新しい知識を持ってもらう。 第6回 テーマ わが町のプラチナ構想 各自の地域の課題をふまえた、解決プラン「わがまちのプラチナ構想」を発表してもらう。 3.第1期プラチナ構想スクールのカリキュラムカリキュラムのデザインにそって最適な人材を探し、そしてこのプラチナ構想スクールの趣旨に賛同していただいた講師の協力をいただいて、以下のプログラムで第1期のスクールを実施した。第1回 リーダーシップとマネジメントが地域を変える 「教育の本質」、「ITの本質」、「地域再生の本質」と「海外の話」を交えた本質論の理解、リーダーシップとマネジメントの重要性の理解が狙い。 1.13:10-15:30 プラチナ構想とは 三菱総合研究所 理事長 プラチナ構想ネットワーク会長 小宮山 宏 2.13:45-17:00 教育が地域を変える(韓国長城郡の挑戦) 韓国人間開発研究院 多摩大学準教授 趙 佑鎮 3.17:10-19:00 ITが地域を変える(Smarter Cityに必要な技術) 日本IBM株式会社 東京基礎研究所長 森本 典繁 4.20:00-21:30 人が地域を変える(地域再生 行政に頼らない感動の地域づくり) 柳谷集落自治公民館長 豊重 哲郎 5.9:00-10:20 地域づくりのための国の政策 三菱総合研究所 地域経営研究本部副本部長 村上 文洋 コメンテータ:野村総合研究所 顧問 元総務大臣 増田 寛也 6.10:20-12:20 地域づくりのための指標とマネジメントサイクル「自治体の実績評価システムの確立を」 埼玉県知事 上田 清司 コメンテータ:野村総合研究所 顧問 元総務大臣 増田 寛也 第2回 エコロジーで地域を変える 「エコロジカル地域」の具体的なイメージを持ってもらうことを狙いとしている。環境・高齢化対応と住宅の性能・質の関係性や、地域社会を変えていく原動力としての「建築の持つ力」などの理解、プラチナ的な味付けの効いた「エコロジー地域」のイメージを持ってもらうことなども目的。 1.「低炭素化に向けた都市環境政策のあり方」 独立行政法人建築研究所 理事長 村上 周三 2.「エコスクール建築プロジェクト -地域でつくる地域建築の可能性-」 北海道立総合研究機構 北方建築総合研究所 部長 鈴木 大隆 3.「スマートグリッドの世界的潮流と日本への適用」 エネルギー戦略研究所(株) 取締役研究所長 山家 公雄 4.「生物多様性と地域開発」 清水建設(株) 技術研究所 グループ長 那須 守 5.「メガソーラーの作り方」 (株)NTTファシリティーズ ソーラープロジェクト本部 部長 岩渕 安孝 6.セッション「地域活性化に繋がる環境配慮型地域づくりの現状と課題」 コメンテーター:科学技術振興機構 低炭素社会戦略センター副センター長 山田 興一 第3回 食と農が地域を変える 一次産業の競争力強化方策は様々だが、異なる視点からヒントを提示。農林水産業の6次産業化、大規模経営の理解を通じて、今後の地域の変化像を描くことを狙いとしている。 1.「農と地域活性化(アグリビジネス創出の課題)」 (株)野村アグリプランニング&アドバイザリー 取締役社長 西澤 隆 2.「ITを活用した精密農業」 株式会社イソップアグリシステム 代表取締役 門脇 武一 3.「食・農による地域活性化と高齢者の健康維持(食と高齢者のQOL)」 味の素株式会社 専務 三輪 清志 味の素株式会社 バイオ・ファイン事業本部飼料部 渡邊 一正 味の素株式会社 生産統括センター資源開発部 馬島 英治 4.「プロジェクトスタディ:(地域バイオマス 最上町ウェルネスプラザの例)」 最上町農林課農林主査 高橋 明彦 5.「農林水産業による地域の活性化の現状」 鳥取環境大学 教授 横山 伸也 6.セッション「農林水産業による地域の活性化の現状」 コメンテータ: 鳥取環境大学 教授 横山 伸也 第4回 高齢者がいきいきと活躍できる地域に変える 高齢者がいきいきと活躍できる社会にするために必要な技術、要素を理解してもらうことが狙い。高齢化社会の基礎:高齢者と高齢化の特徴を理解し、行政サービスの再構築のヒントを得てもらう。 高齢者と交通機関:オンデマンドバスによるソリューションの実例。多様なアプリケーションの提示を通じて、次世代の地域インフラの可能性があることを理解してもらう。 1.「超高齢社会対応のまちづくり」 東京大学 高齢社会総合研究機構 教授 秋山 弘子 2.「プロジェクトスタディ:食と農と健康(留萌コホートピア構想)」 札幌医科大学 教授 小海 康夫 3.「高齢者と交通機関(オンデマンドバスによる地域活性化)」 東京大学 新領域創生科学研究科 教授 大和 裕幸 4.「地域クラスターの作り方」 俯瞰工学研究所 代表 松島 克守 5.「地域を識る“風土記を作る”」 俯瞰工学研究所 研究員 松崎 みゆき 第5回 地域の強みが何かを知る (狙い)地域の強み・弱み、機会・脅威を分析し、地域活性化のための多様なファイナンスの仕組み、エコ私募債、動産担保ローンなど新しい仕組みを理解する。 1.ワークショップ「地域の産業育成 ?「新・風土記」の発表?」 俯瞰工学研究所 研究員 松崎 みゆき 2.「地域を活かすIT」 俯瞰工学研究所 代表 松島 克守 3.「地域活性化と地域密着型金融 -地域金融機関の視点からみる地域活性化-」 信金中央金庫 地域中小企業研究所 次長 山田 健嗣 第6回 わがまちのプラチナ構想 参加者全員に「わが町のプラチナ構想」を作成してもらう。 事前に作成フォーマットを配布。抽象的なビジョンではなく、ビジョナリーな実施計画書を作成してもらう。 (フォーマット) 1.テーマ 2.狙い 3.計画内容 4.成果 5.計画を実行し成果を上げるための必要条件 6.スケジュール/マイルストーン 7.実施体制 8.資金計画 9.他 1.発表 発表者自治体一覧 (発表順) つくば市、遠野市、横浜市、加西市、笠間市、京都市、菰野町、荒川区、佐賀県、埼玉県、取手市、渋谷区、松本市、生駒市、青森県、川崎市、大樹町、徳島県、柏市、板橋区、飛騨市、浜松市、富山県、富山市、福井県、北九州市、和歌山県 2.各発表講評 俯瞰工学研究所 代表 松島 克守、東京大学 高齢社会総合研究機構 教授 秋山 弘子、科学技術振興機構 低炭素社会戦略研究センター 副所長 山田 興一 3.全体講評・修了証授与 プラチナ構想ネットワーク 会長 小宮山 宏 4.わがまちのプラチナ構想 27名の第1期スクール生から発表された「わがまちのプラチナ構想」は、地域の特性を反映してまさしく多様であった。過疎にいかに取り組むか、産業インフラをいかに競争力あるものに再生するか、健康な街づくりをいかに実現するか、そしてこれらを組み合わせたトータルプランニングをいかに進めていくか・・などが焦点となっている。 まとめると次表のようになっている。大きく分類すると以下の6つに区分できるが、それぞれ地域の現実のニーズに根ざした発意であり、地方自治体の政策的なニーズが反映されているともいえる。 1)エコ・高齢化・新産業創造など総合的解決を目指したトータルプラニング 2)高齢化に対応した「健康まちづくり」 3)地域リソースと新しい技術を活かした産業活性化 4)競争力のある新しい産業基盤の形成 5)空家対策によるまちの再生 6)住民との間での情報交流の仕組みづくり 5.プラチナ構想スクールの展開―「ネットワーク型政策実現プロセスのトライアル」 プラチナ構想スクールでは自治体の中堅幹部職員を集め、1泊2日×6回の研修を行い、最後に「わがまちプラチナ構想」を作成する。この政策立案プロセスはこれまで自治体内部で行われてきたグランドデザインを描き施策を細分化するスタイルとは異なっており、当初から地域間連携や共同実施など、ネットワークのメリットを意識した活動重視型のものになる傾向がある。 地域の課題はますます複合化、多様化しており、総合的な解決のためには、1地域での取り組みでは困難となりつつある。これからは、ネットワークを使った解決手段が必要とされる。プラチナ構想スクールでの取り組みを「ネットワーク型政策実現プロセス」として整理、体系化していくことで、新しい地域政策立案と実現の手法として世に問うことができると考えている。
芝 剛史(しば つよし)
![]() 1961年福岡市生まれ。1988 年、九州大学大学院総合理 工学研究科博士課程修了。慣性核融合研究において工学 博士の学位取得後、三菱総合研究所においてエネルギー産業、住宅産業に対するコンサルティングビジネス、エネルギー経済モデルの開発、ベンチャー企業支援などの業務に関わる。電気事 業規制緩和問題と規制緩和環境における事業戦略の立案、次世代原子炉のコンセプト開発、評価等が主たるテーマ。この間、電力小売事業の設立、メガソーラ発電所の開発、住宅性能評価会社の設立などに従事。2005年より日本原子力 研究開発機構次世代原子力システム/核燃料サイクル研究開発評価委員。2010年4月よりプラチナ構想ネットワークの設立に関わり、2010年8月より同事務局長。 |