低炭素時代の建築ZEB


1.日本の既存住宅

住宅は国民の生活を支える礎である

現代社会において住宅は国民の生活を支える器であり、礎である。われわれは、誰もが「満足できる住宅」で充実した生活をおくりたいと願っている。社会や国家は個人と家族の集積によって成り立っていると考えれば、住宅は個人の所有物ではあっても、道路や鉄道と同様な社会インフラの1 つであると考えることもできる。また、美しい住宅が連なる美しい街並みはその地域の文化遺産になっており、その地域の資産的価値さえ高める。資本主義社会においては、住宅は法的な表面(おもてづら)から見れば私的な所有物なのかもしれないが、同時にこうした強い社会性も持ち合わせていることを忘れてはならない。
それでは「満足できる住宅」とはいったいどんな住宅で、そんな住宅がこの世の中にあるのであろうか?答えは「ノー」である。世界を見渡しても、いわゆる住宅問題なんかはとっくに解決済みと思われる欧米先進国でさえ、エコロジーや省エネルギーなどのために新たな住宅政策を実施しているのである。「満足できる住宅」を、少数の個人はともかく全体で手に入れている国や自治体などは地球上にまだ存在しないのである。
住宅や建築の目標と役割は、社会と共に変化する。建物の物理的寿命はメンテナンスを行えば100 年をはるかに超える。一方、社会の方は数十年単位で変化する場合だってある。だから、放っておくと世の中には社会の変化に追随できない住宅や建築が増えてしまう。物理的寿命が長い住宅・建築は概して社会の変化に対応することが苦手であり、物理的寿命を全うする遥か以前に社会的寿命を終えてしまうものさえ珍しくない。しかし、住宅には最初に述べた「国民の生活を支える礎」という大きな役割があることだけは、これからも変わらない。

戦後の持家政策とウサギ小屋

日本の住宅は、太平洋戦争終了後、ほぼゼロの状態から出発したと言ってよい。特に都市部では、大半の人々はバラックのような住宅からスタートしたのかもしれない。だから、どうしても住宅に対しては「とりあえず雨露を凌げばよい」的な発想を持つ人が多かった。鴨長明や吉田兼好まで辿ることができる日本人の住宅観が云々という見方もあるが、戦後の高度経済成長期までは貧乏だったし、このような考え方の人が多かったものと推測される。
戦前の住宅は80%近くが借家であったと言われている。戦前は、極言すれば、庶民よりは金持ちな「大家」と言われる階層が圧倒的に住宅を建てていたわけである。それが、戦後GHQが持家政策を指令した(この指令は日本の社会主義化を防ぐためだという説もある)ため、庶民でも金融公庫などから融資を受けて自分の家を建てるようになり、マイホームが国民の目標になった。しかし、貧乏な庶民が建てたり買ったりするのであるから、この持家政策のために大量の安普請が建てられ、20〜30年後それらが「ウサギ小屋」と呼ばれるようになったと言えなくもない。一方で、そうした狭くて粗末な安普請だから20〜30年で建て替えられ、日本の住宅の寿命はたったの26年などの統計が世に広まったのかもしれない。

戦後の住宅の様相

戦後の住宅について言えば、圧倒的な住宅不足が追い風となり、1966年からリーマンショックが起きた2008年までは年間100万戸を超える新築住宅が毎年建設されてきた。しかしながら、戦後の住宅の様相について、一言で述べるのは容易ではないので、ここでは戦後の住宅を象徴する言葉について、いくつか紹介するにとどめておく。
まずは「プレファブ住宅」に言及する。これは「工業化住宅」とも言われ、SハウスとかDハウスがこれの代表的企業であり、これこそ戦後の日本の住宅を象徴するものと言える。なぜなら、これらの企業は戦後創設され、戦後の大規模な住宅需要に応え、ついには日本の住宅生産の4分の1を担う大企業群に成長したからである。これらの企業の中には1社で年間1万戸近い住宅を生産する大企業が数社存在するが、欧米にはこうした大規模な住宅会社は存在しない。欧米のような成熟した社会では、住宅会社はほとんどがローカルな中小業者であり、1社当たりの年間生産戸数は多くても数百戸程度なのである。だから、先進国の中では日本だけが特異な産業形態が続いている。
日本の伝統的な住宅工法は木造軸組工法であるが、プレファブ住宅では工場で生産された軽量鉄骨やコンクリートパネル、木質系パネルを用いて短期間に住宅を建てる。合理的な工法であるから工期は短い。また、北米から生産技術を輸入したツーバイフォー工法も、工期が短い合理的な工法である。日本で伝統的に受け継がれてきた木造軸組工法(在来工法)も、こうした合理的な工法の影響を受けて、最近では軸組部材のプレカット、構造用の金物や合板などのボード類が多用されるようになり(塗り壁などの湿式工法から乾式工法への移行)、戦前のそれに比べれば生産方法はかなり合理化され、なおかつ、耐震性や断熱性などの性能もかなり向上した。
もう1つ戦後の日本の住宅を象徴するものとして、団地やマンションが挙げられる。こちらは、木造の建物ではなく、コンクリート造や鉄骨造の集合住宅が主である。これらは一見近代的に見えるが、1970年代以前に建設されたものは狭隘だし居住性が悪いものが多い。そのために、団地全体の劣化や衰退が進行し、居住性向上のために団地の改修、建て替え、再生が課題になっている。しかし、居住者の合意形成や資金面で頓挫するケースが多く、思ったほどは進んでいない。

既存ストックの対処が大きな課題

以上で理解できるように、日本の住宅の現状は、戦後徐々に質が向上したものの、過去の負の遺産も残存しており、全体としてはまだ先進国に相応しいものとは言い難い。住宅の戸数だけで言えば、4700万世帯を500万戸以上超える5千数百万戸の住宅戸数を保有し、数としては十分に足りていると言われている。しかし、一戸一戸を見た場合、居住性などのクオリティーは十分でない。街並みとしても劣悪なものがまだ残っている。とくに、道路の上が電線のスパゲティのようになっている街路がまだまだ多い。戦後、とりあえず住めればよい的な「理念」で建てられたものが、まだかなり残存していて、それらが、欧米と比較した場合、日本の価値を損なっていると言えないこともない。
このように、住宅は一度建設されるとかなり長期に亘って影響を及ぼすものと言える。この点が、寿命が10数年しかない家電製品や自動車とは大きく異なる。したがって、プラチナ構想においても、住宅・建築の既存ストックをどのようにして魅力あるものに変えていくのかが、重要なテーマになるのである。

「普通の建物」を高い性能でかつ美しく建てる

建物を建てる場合、施主を筆頭に多くの人が多くのことを要求する。これらの要求を取捨選択して1つの設計図をつくりあげる人が設計者である。要求のほとんどは建物の使い勝手や意匠に関わるものが多い。もちろん、建物性能に関わる要求もあるが、多くの場合、施主は建物性能については詳しい知識を持っていない。施主は、とにかく、細かいところはわからないが、安心して使える建物をできるだけ安価に建ててほしいと設計者に要請するのが普通である。建物の建設においては、大半はこうした「普通の人」が施主になり、ごくありふれた「普通の建物」を建てる。したがって、街には「普通の建物」や「普通の住宅」が溢れ、街並みを形成し、その地域の地価まで左右することになる。
つまり、社会インフラや社会資本として建物や住宅を考える場合、こうした「普通の建物・住宅」のできばえや質が重要になるのである。これからの日本では「普通の建物・住宅」を高い性能でかつ美しく造っていかねばならない。そのためには、ある程度の支出増は必至であり、それは社会的投資と考えねばならない。しかし、そうした「投資」によって建物価格や地価が上昇すれば、個人にもリターンが期待できる投資となる。いずれにせよ、戦後の「とりあえず雨露を凌げばよい」的な発想だけは繰り返してはならない。

2.これからの日本住宅

プラチナ構想における住宅のコンセプト

日本の住宅の実状はさておき、白紙の状態が与えられていると仮定して、プラチナ構想における住宅のコンセプトを考えてみる。
プラチナ構想においてはエネルギー問題や環境問題、高齢社会問題が解決される方向にむかうとされている。そのためには住宅にどのようなことが求められるのであろうか。住宅には様々な要素や性能が求められるが、ここでは耐震性、耐火性、耐久性、バリアフリーなどの基本的な性能は満足されるものと考え、いわゆる「環境性能」の中でも重要な省CO2性能に絞って考えてみる。この目的のために、要請されていることは以下の4項目であり、プラチナ構想においてはこの4項目の達成をコンセプトにすべきである。
1)省エネルギー(建物の断熱化と設備の高効率化)
2)創エネルギー(太陽光発電装置などの設置)
3)建材や建築工法における省CO2化
4)建物の長寿命化(維持管理とリフォーム)
これらの中で、最も重要な項目は省エネルギーであり、CO2排出量の削減と節電に大きな効果がある。
創エネルギーの多くは屋根に取り付ける太陽光発電パネルである。建材や建築工法における省CO2化と建物の長寿命化も重要であるが、一律の数値目標を設定しづらいので、社会的な規制や推進が難しい。たとえば、建材や建築工法における省CO2化についていえば、確かに木造建築の方がコンクリート造や鉄骨造に比べると、エンボディドCO2の量は圧倒的に少ない。しかし、木造では高層建築は構造力学的に無理なので、もし木造の排出量レベルでCO2排出量の基準をつくれば、大都市の高層建築による高密度居住は排除されることになる。果たしてそんな基準やルールは世の中に受け入れられるのであろうか。建物の長寿命化においてもそうである。社会の変化が非常にゆっくりした地域では建物は物理的寿命を全うすることができるであろうが、前述したように、社会の変化が早い地域では物理的寿命より社会的寿命がはるかに短いケースもありえる。建物の寿命というものは建物の物理的寿命だけでは決定できないのである。

省エネルギー住宅におけるハイブリッド

省CO2がプラチナ構想における住宅のコンセプトであれば、その中で最も重要な要素は省エネルギーである。それゆえ、以下、住宅の省エネルギーについて述べる。
ところで住宅の省エネルギーや環境共生というと、民家などのヴァナキュラー建築を支持する人がいる。特に、建築家や識者と呼ばれる人たちに支持者が多いかもしれない。民家などの建築はもちろん近代科学が成立する以前のはるか昔から建てられてきたものであるが、そこには人間の工夫や知恵が随所に見られる。科学を正確に知らない時代にあっても、蒸発冷却や通風などに見られる理にかなった工夫は賞賛に値する。しかし、だからといって、これらの民家に百点満点を与えるようなことは過大評価である。こうした工夫や知恵は、確かに効果を認めることができるが、全般にパワーが不足しており、それだけでは現代人が満足できる快適環境を形成することができない。現代人の要求が過大であるといってしまえばそれまでであるが、現代人が要求する快適環境にもプラスの面(作業能率の向上、心理・生理ストレスの減少、健康の増進、衛生の確保、疾病の予防など)が確実にあることを無視してはならない。特に、高齢者が居住する住宅・建物においては、彼らの身体的負担を軽減させるために適切な室温管理が必要と思われる。
では、現代のわれわれはいったいどうすればよいのであろうか? 1つ言えることは、エネルギーの明らかな無駄使いをやめることである。使用していない機器のスイッチを切ったり、過度な冷房や照明をやめて適切な温度や照度に制御したりすることが重要である。それと、もう1つ重要なことは、パワーが小さくても古来の工夫や技術を採用し、状況に応じて現代のパワフルな暖冷房と併用していくことである。前者を「パッシブ技術」、後者を「アクティブ技術」と呼ぶとすれば、両方の技術の使い分けやハイブリッド化(混成化)が、現代のわれわれが当面の間、実行すべきことであると言ってよい。

「閉じる」と「開ける」の兼備

ハイブリッド的な考え方と手法の事例をもう1つ示す。たとえば、冬の寒波と夏の猛暑に対しては、人工的な暖冷房に頼らざるをえないので、われわれは暖冷房負荷を軽減するために建物の外皮を断熱・気密化し窓の日射遮蔽性も高めればよい。これらは「閉じる技術」と呼ばれる。しかし、同時に春秋の快適シーズンに通風することや自然採光のことも勘案する必要がある。そのためには、十分に大きな開口部(窓)も取り付けることがポイントになる。これは、「閉じる技術」とは反対の「開ける技術」の採用である。つまり、1つの建物に正反対の要素を兼備することが重要になる。これもハイブリッド化の一種と言える。
こうした「閉じる」と「開ける」の兼備というコンセプトは、一見簡単なように見えるが、実は断熱・気密性に優れた窓を大量生産できる現代のハイテク技術がなければ、実現不可能なコンセプトである。2重3重のガラス、放射をコントロールする様々なガラスのコーティング、ガラスの間に注入するアルゴンなどの希ガス、そして、高断熱の樹脂製あるいは木製のサッシ、窓の省エネ・高性能化のためには、こうしたハイテク技術が導入されているのである。民家などで採用されてきた古来の技術だけでは、光を取り入れつつ熱を逃がさないなどという芸当(現代の窓はここまで優れものである)は到底できるものではない。日本のような暖房も冷房も必要な地域では、こうしたコンセプトで住宅を建てるべきである。われわれの服装が、冬はコートを着て、夏はノースリーブや短パンであるのと同様に、建物だって季節に応じたモードチェンジが必要なのである。

住宅の省エネルギー基準

日本政府の住宅の省エネルギー基準においても、前に示した「閉じる」と「開ける」の兼備が背景のコンセプトとして導入されている。「開ける」を重視して建てられてきた日本の住宅では、窓面積率(床面積に対する窓面積の割合)が平均で30%程度であるが、この基準においては、この窓面積率を前提として、初期コストが極端に増大しない程度の外皮断熱(「閉じる」の導入)を建築主に求めている。自然の光と風はこのくらいの窓面積率でもっても十分に取り込むことができる。もちろん、天窓や高窓を設置すれば、光と風をさらに取り込めることができて、涼しい気候のときは快適な室内環境になる。逆に寒い気候のときはこれらの窓もしっかり断熱されるように設計しておかなければならない。
住宅の省エネルギー基準では、外皮の断熱性に対してはQ値(熱損失係数という)、日射遮蔽性に対してはμ値(夏期日射取得係数)という指標を用いて基準値を定めている。Q値は、室温が外気より1℃高い場合に建物から外へ逃げていく熱を全部合計し、その合計値を延床面積で除した数値として定義される。単位はW/(㎡・K)であり、断熱性が高ければ、外へ逃げる熱も少なくなるので、Q値は小さくなる。Q値の基準値は地域によって異なるが、東京や大阪などを含む地域(Ⅳ地域)では2.7、北海道などのⅠ地域では1.6である。寒冷地ほど外気温が低くなるので、高い断熱性を求めているが、Ⅳ地域でもⅠ地域の基準値並みの高断熱にすれば、暖房負荷が極端に小さくなることがわかっていて、省エネの有力手法の1つになっている。
μ値は外界の水平面全天日射量に対する住宅の内部に侵入する日射量の比率として定義される。暑くて長い夏を過ごさねばならない関東以西の地域では、μ値を小さくすることも必要である。μ値は、単位は無次元で、Ⅳ地域では0.07以下が基準値である。天井か屋根を断熱し、窓に日よけ(ルーバーやブラインド、よしずなど)を取り付ければ達成できる基準値になっている。

断熱化する上での注意(気密、防蟻、オーバーヒート)

建物の断熱化に関連した注意を述べる。まず、建物の気密性について取り上げる。現行の省エネルギー基準を策定するとき、気密性の基準も併せて導入したが、木造住宅の断熱化には気密性も併せて必要であることを理解できない建築関係者(高名な建築家や大学教授も含む)が非常に多かった。ここでいう気密化とは、いわゆる隙間風の防止や窓を開けないということを指しているのではなく、外壁などの断熱すべき部位の内部を気密にすることを指している。外壁などの部位の内部に床下などから外気が流入すると、断熱材が挿入されていても断熱材の効力が発揮されず、部位の断熱性は高くならない。このような壁体において断熱性を低下させる気流のことを「壁体内気流」というが、これは壁体の気密性が悪いために発生する。
日本の伝統的木造工法においては、壁体に存在する部材間の隙間は気密化せず空気が自由に通るようにしておく。つまり、壁体内気流を発生しやすいように壁体を造る。これは木材の乾燥を促進させて木材を腐らせないために行っているとも考えられるが、定かではない。他方、同じ木造でも北米で開発されたツーバイフォー工法は、合板を面材として用いて壁や床は気密に造る。したがって、壁体内気流は発生せず、壁体に断熱材を充填すれば、断熱材は十分に断熱効果を発揮する。
ゆえに、日本の在来木造工法の建物を断熱する場合には、壁体や天井などにことさらに気密シートを張り付けたり、気流止めを壁の内部に施工したり、あるいは、合板を張り付けたりして、気密化工事と共に断熱材の施工をしなければならない。木造住宅に気密性は不要であるという人がまだいるが、彼らは壁体内気流によって断熱性が損なわれる現象を知らないのである。なお、ツーバイフォー工法でも防湿気密シートを室内側に張り付けるが、これは壁体内結露の防止のためである。
日本の木造住宅では、10数年前から外張り断熱がかなり普及している。この断熱工法は外側から建物全体を包むように断熱する工法なので、1階部分は床ではなく布基礎を断熱することになる。布基礎はコンクリートのままであれば、白蟻に対しても問題がないが、その上に断熱材を張り付けると、そこに白蟻が蟻道を造るので、木造の建物が白蟻の害を被ることがある。そのために、現在は断熱材を防蟻薬品や細かい金網で保護するなどの対策が取られている。
建物の断熱性を高めると、建物内部における少量の熱によって室温は上昇することになる。これは冬には大変良い効果をもたらすが、春秋には窓を透過する日射によって室内がオーバーヒートしてしまい、そのままだと冷房せざるを得なくなる。これを防ぐためには、日射が入る窓の遮蔽を十分に行い、かつ、窓を開けて通風すればよい。

断熱化の2つの効用

建物の断熱化による効果は、オフィスビルなどに比べれば内部発熱が小さく、かつ、床面積に対する外表面積の割合が大きい住宅において、より顕著になる。建物の断熱性能は、前述したようにQ値で数値化できる。断熱するとQ値が低下し、室温が上昇する。外気温に対する室温の上昇幅は、建物の内部発熱と窓からの透過日射に依存する。たとえば、透過日射が多ければ、Q値が2.7W/(㎡・K)のときに7K上昇する。Qが1W/(㎡・K)になると、室温上昇は20Kにも達する。外気温より20Kも温度が高ければ、東京などでは暖房する必要がなくなる。
このように、断熱化するということは、室温が全般に高くなるということである。これによって、暖房が不要になる時間が増え、また、暖房が必要になっても暖房負荷が低減するので、暖房エネルギーが削減される。これが断熱の省エネルギー効果である。この効果はすでに多くの人が知るようになっており、住宅の省エネルギー基準における中心的な存在にもなっている。
断熱化による室温上昇にはもう1つ、住人の健康に良い影響を与える効果があると推測されている。断熱すれば冬でも建物全体が暖かくなるので、血圧の変動を和らげ、脳卒中などの疾患が減少するなどの良い効果があるのではないかと言われている。また、断熱性の低い住宅から高断熱住宅に転居した人に対して行ったアンケート調査によると、せきや肌・目のかゆみが改善されたという答が多くなっている。こうした効果も断熱化による冬季の室温上昇の効果であると思われる。

設備の省エネルギーとヒートポンプ

省エネルギーにおいて、建物の断熱性と並んで重要なものは設備の高効率化である。省エネルギーは、消費量が多い消費用途に対して優先的に対策を講じていくのが正攻法である。日本の家庭用のエネルギー消費の内訳を2次エネルギーベースで大雑把に言えば、照明などの家電と厨房の消費が44%、暖冷房が26%、給湯が30%である。家電と厨房の機器の消費量がトップであるが、これらの機器に対する省エネ対策は、個々の古い機器を新しい省エネ機器へ取り替ることである。たとえば、照明器具においては白熱灯から省エネ型の蛍光灯(Hfランプ)やLEDへの取り替えであり、冷蔵庫やテレビも省エネ型に買い換えることで10〜30%の省エネが達成される。
家電などの省エネよりも大きな削減量を期待できるのが、暖房と給湯の省エネである。なぜなら、前述した内訳においてこの2つを合計すると56%の消費量になるし、両者に対してはヒートポンプという非常に効果的な省エネ手法があるからである。つまり、この両者を一気に省エネ化する方が、照明等の家電をちまちま取替えるより、効果が大きいとも言える。暖房も給湯も30〜60℃の温熱を大量に使用する用途なので、ヒートポンプという1つの技術で省エネ化が可能である。燃料電池などによるコジェネレーションや太陽熱給湯も省エネ効果は高いが、高価なのでコストパフォーマンスが悪い。それに比べると、ヒートポンプはすでに冷蔵庫とエアコンにおいて確立され、成熟した技術なので、基本的に安価であり、かつ、耐久性についても心配がないのである。省エネ量においてもヒートポンプは優れた燃料電池とほぼ同レベルかそれ以上であると考えてよい。ヒートポンプは、このような理由から日本の住宅の省エネ化を大規模・広範囲に進めていく上で、不可欠な「武器」になっている。

ヒートポンプの省エネ性

近年、電動ヒートポンプは大きく改良され、冷やすばかりでなく温熱を供給する機械としても、燃焼機器より効率がはるかに高いものが造られるようになった。また、寒冷地仕様のものも登場し、寒冷地でも使用できるようになってきた。ヒートソースを大気から地中に切り替えれば、その効率はさらに高くなる。ヒートポンプは通常、COP(=供給熱量÷消費電力)を用いてエネルギー効率が表示されるが、ここでは1次エネルギー効率を用いて表示する。これによって、電気を使う設備機器でも化石燃料の燃焼熱量を基準とした効率の評価が可能になり、ガスや石油を使う設備機器の効率との比較ができるようになる。当たり前のことであるが、ガスや石油などを燃焼によって熱を取り出すとすれば、どんなに燃料を有効に使っても、その1次エネルギー効率は100%を超えることはない。
政府の住宅事業建築主の省エネルギー基準に示されている計算方法に従えば、日本のトップクラスの家庭用ヒートポンプエアコンは、定格COPが6.5を超え、暖房期間全体の1次エネルギー効率も110〜120%程度に達する。また、ヒートポンプ式の給湯機「エコキュート」は、定格COPが4.9、年間の1次エネルギー効率は130%に達する。エコキュートの方がエアコンに比べて定格COPが低いにも拘わらず1次エネルギー効率が高いが、この理由は、エコキュートは貯湯式なので部分負荷運転が存在しないためであると思われる。また、両方とも1次エネルギー効率が100%以上を示す。これはヒートポンプが大気の保有している熱を集め利用しているからに他ならない。大気は太陽熱によって暖められ温度を保っているわけだから、ヒートポンプによる暖房や給湯は間接的に太陽熱も利用していると考えて差し支えない。

断熱とヒートポンプによって40%の省エネ

以上で理解できるように、住宅の省エネ化を進めるためには、暖房と給湯のエネルギーを削減することが効果的である。また、そのためには断熱とヒートポンプがエネルギー削減量や初期コストの点で優れており、一番先に推奨すべき手法であると言える。照明器具やテレビ、冷蔵庫の買い替えも初期コストが低く、かつ、効果的だが、1品目当たりのエネルギー削減量はそれほど大きくない。
外皮断熱とヒートポンプによってどれくらい省エネが達成されるのか、大まかな計算の結果だけを示す。今、1998年以前の古い省エネ基準に従って建てられ、住宅1棟における全エネルギー消費量が1次エネルギーで70〜100GJ/世帯の住宅を想定する。この消費量は家庭用の消費量としてはやや多目の量であると思われる。この住宅を、建物外皮の高断熱化(Q値1.6W/(㎡・K))、断熱浴槽や節湯型のシャワーヘッドの導入、高効率エアコン(定格COP=6.5)とエコキュート(定格COP=4.9)の採用によって、省エネ化をはかると、エネルギー消費量は40%削減され、省エネ化の前の60%になる。

3.ネット・ゼロ住宅を目指して

ネット・ゼロ・エネルギー・ビル

低炭素社会の住宅・建築を象徴するものとして「ネット・ゼロ・エネルギー・ビルディング(ZEB)」と呼ばれている建物がある。住宅の場合は「ZEH」と呼ばれるときもある。この建物は、敷地内で創られた年間のエネルギー量(太陽光発電などによる創エネルギー量)が当該建物の年間エネルギー消費量を単純に上回る建物のことである。
日本の家庭で消費されるエネルギーの平均値は一世帯当たり2次エネルギーで40GJ/年ほどであり、もしこれを全部電気で賄うと考えれば、11MWh/年の消費量となる。このような平均的なエネルギー消費の家庭においても、高断熱や高効率ヒートポンプを採用すれば、エネルギー消費量を現在の平均値の50%以下にすることはそれほど難しいことではない。前述のように、高断熱とヒートポンプの採用だけで40%程度の削減になるのだから、これに加えて家電を数点、省エネタイプのものに取り換えればよいのである。今、そのようにして省エネ化した住宅のエネルギー消費量を5MWh/年(55%の削減)とする。他方、関東地方などでは屋根に太陽光発電パネルを設置すれば、設置容量1kW当たりの年間発電量は1.25MWh/年、程度に達する。したがって、この住宅をZEB化するのに必要なパネルの設置容量は、5÷1.25=4kWとなり、現在の普通のサイズの発電パネルでも十分な容量となる。したがって、省エネを十分に行えば、こうした低炭素社会のシンボルであるZEBも容易に実現することができるのである。
ZEBは夜間や曇天時には発電ができなくなるので、たとえ蓄電池が取り付けられていたとしても、蓄電された電力が尽きてしまえば、何らかの他の電力が必要になる。したがって、ZEBは再生可能エネルギーだけで自立する建物ではない。しかし、ZEBはその概念が理解しやすいし、スマートグリッドと組み合わせれば、さらに地域全体の省エネルギーにも活用できるので、低炭素社会におけるシンボルの1つになるものと期待されている。

プラチナ構想においてはZEBが目標

プラチナ構想における住宅を考える場合、最低でも上記に示したZEBを目標にして住宅の新築や改築をすべきであろう。さらに言えば、建材や建築工法における省CO2化と建物の長寿命化も望みたいが、これは数値目標を設定しづらいので、建設時の諸条件が許せば掲げる目標と思われる。
また、こうした低炭素化以外にも住宅に必要な性能や要素は、耐震性や景観性(その地域や町並みに調和した美しい建物であること)など多々挙げられる。であるから、プラチナ構想においては、住宅は低炭素性という最重要な性能に配慮しつつも、住宅として不可欠な他の諸性能・要素とのバランスも勘案して、設計・建設されるべきである。

日本が創る低炭素文明(スマートハウスとスマートグリッド

さて、以上によって、プラチナ構想における住宅の目標はかなり鮮明になってきた。これをキーワードで言えば、断熱、ヒートポンプ、省エネ照明・家電、太陽光発電、木造、メンテンス、リフォーム、となる。また、これらの要素を基盤にした「スマートハウス」になるためには、エネルギー管理システムや蓄電・蓄熱も鍵になる。これらについても優れたものが開発されれば、逐次導入する必要がある。そして「スマートハウス」がいくつも集まれば「スマートグリッド」も容易に構築できる。これが住宅・都市分野における今世紀の目標である。
実行すべき目標が定まれば、あとは日本全体にどのようにしてこのような住宅を普及させるか、ということが課題になる。政府も住宅の省エネ化のために、「アメ」と「ムチ」の両方を使って進めている。住宅エコポイントや家電エコポイントによって政府は国民に随分「アメ」をばら撒いたので、今後は省エネ基準の義務化などの「ムチ」の方が厳しくなりそうである。
結局、われわれの最終ゴールが何かと言えば、それはいうまでもなく「低炭素社会」の構築である。「低炭素社会」とは、21世紀中に予想される化石燃料等の天然資源の争奪戦、そして地球温暖化に代表される環境負荷の増大と環境変化を根本的に解決しつつ、20世紀までに構築した国民の生活の質を堅持し、さらに発展させるという社会であり、「低炭素文明」と言ってもよいものである。日本は、世界に先駆けてそうした「文明」を創出し、環境とエネルギーに関わる新たな産業も生み出したいと願っている。もちろん、ヨーロッパは日本より先行している。住宅分野では、ドイツの超高断熱住宅である「パッシブハウス」やスイスの超省エネルギー住宅である「ミネルギー」が低炭素社会のための住宅のシンボルであり、住宅性能の数値目標になっている。
21世紀は、中国・韓国・インド・ブラジルなどの新興国が大きな経済力を持つようになった。しかし、そうした状況は、西洋や日本から見れば、20世紀に実現した社会・文明に漸く彼らが追いついてきたという事ではないだろうか。それらは、われわれがすでに通り過ぎてきた道なのである。われわれが21世紀もこのリードを保ち続け、世界に伍してゆくためには、サステナブルでかつ豊かな社会を建設するヴィジョンを携え、世界に前例のない「低炭素文明」を創り出さねばならいのである。
坂本 雄三(さかもと ゆうぞう)
東京大学大学院工学系研究科 建築学専攻 教授
北海道大学理学部地球物理学科卒業。東京大学大学院工 学系研究科建築学専攻博士課程を修了し、建設省建築研 究所入所。名古屋大学工学部建築学科助教授、東京大学 助教授、1997 年より現職。専門は、建築環境工学(特に、 熱環境、空調システム、省エネルギー、シミユレーション)。 下記委員等も務める。
・国土交通省社会資本整備審議会建築部会・臨時委員
・国土交通省・低炭素社会に向けた住まいと住まい方推進会議・委員
・経済産業省・ゼロ・エミッション・ビルの実現と展開に関する研究会・委員長
・環境省・中央環境審議会地球環境部会フロン類等対策小委員会・委員
・(社)空気調和衛生工学会会長
主な著書
『新・住まい学』(日経 BP,2004)、『省エネ・温暖化対策の処方箋』(日経 BP 企 画 ,2006)、『建築熱環境』(東京大学出版会 ,2011)

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