プラチナ社会のモビリティ


1.はじめに

プラチナ社会では、何人も公平に移動の自由を享受し、社会的、経済的活動に自由に参加できなくてはならない。移動の自由は基本的人権ともいえる。特に高齢者の移動については、日常生活圏での移動の自由を確保することが大事である。買い物や社会的な活動への参加などを行えることが高齢者の心身の健康に大きく寄与することは間違いないことであり、高齢者の経済活動やさらには知識や技能を広く社会に流通させることによって、社会の活性化にもつながり新しいプラチナ社会の構築にも必須である。地域交通は若々しい都市では駅を中心にした朝晩の通勤通学需要が中心であるが、プラチナ社会では高齢者中心の日中の散漫な需要に対応することが必要になる。これまでの公共交通は路線バスのように定まったルートを定まった時刻に運行しているが、マイカーの普及とともに利用者は著しく減り、事業者にとっては不採算になり減便などの措置をとり、高齢者の移動はますます不便になっている。東京大学の筆者の研究室では高齢者一人ひとりの移動需要にきめ細かく対応するオンデマンド交通システムシステムを開発した。これをプラチナ社会を支える新しいモビリティシステムとして提案する。


2.オンデマンド交通システム

東京大学新領域創成科学研究科では2004 年度からオンデマンド交通システムの研究を開始し、研究開発としてはほぼ完成し、社会実験を行い実用運行のフェーズに入っている。これまでのオンデマンドバスシステム
オンデマンドバスは図1 に示すように、運行エリアのみが決められており、停留所がなく好きなところから好きなところへ行くことができるシステムである(フルデマンドタイプ)。

図1 オンデマンド交通システム

オペレータが電話などで予約をとり、利用者の乗り合わせを考えてルートを決めて配車する。実際に使われているシステムには、ルートは決まっていて利用者のあるときにだけ運行するなどの路線バスの変形版(セミデマンドタイプ)が多い。
フルデマンドタイプのオンデマンド交通の課題は、利用者からの予約数が多い場合に、オペレータに高い運行計画生成能力が求められ、遅延の発生するケースがしばしばあることであった。東京大学が開発したシステムでは、独自に開発したアルゴリズムが実装されたコンピュータシステムに運行計画生成を任せることで、遅延が少なくかつ乗り合いも多い運行計画を利用者に提供できるようになっている。

東大の開発したオンデマンド交通システム

図2に東大の開発したシステムの概要をしめす。

図2 東大の開発したオンデマンド交通システム

図中、左下の女性が利用者で、携帯電話やインターネットにつながったPCで予約受付システムに入る。予約は、利用者が出発地と目的地、さらに到着時間を指定する。計算機は独自に開発した運行計画生成アルゴリズムにしたがって、運行中のバスの中からこの利用者の要望に添うことのできるバスを探し出す。そして、利用者に通知され、利用者が確認の信号を送ると、予約が成立する。と同時に、図中右下のバスに搭載されている車載器に通知がされ、バスの運行経路や時刻が変更される。この車載器はスマートフォンをカスタマイズしたものである。やがて、利用者が実際にバスに乗ると、車載器からデータベースに記録がアップロードされる。
このようにして様々な利用者の移動が逐一記録され、あとで都市設計などに利用される。バスの動きはGPSでとらえており、リアルタイムの運行サービスに使うほか、日々刻々のバスの速度などをデータとして集積して移動時間の算出の精度向上などに役立てている。バス停はエリア内であればどこにでも設定でき、利用者が自分の自宅を登録することもできる。
到着時間を指定できることがこれまでのオンデマンド交通と異なる最大のポイントで、このことで病院の予約や路線バス、電車との乗り継ぎなど様々なサービスに時間的に接続することができるようになる。また、車載器を搭載した車両はどのサイズでもオンデマンド交通になることができる。利用者の多い地域では大型バスを、さほどでない地域ではマイクロバスやタクシーなどを利用する。
図3にPCでの予約画面を示す。予約は利用者の需要をとるのに必要であるが、利用者にとって予約は面倒であり、まして高齢者全員がPCで予約するなどはまずあり得ない。後述するデータベースの分析から各個人がこれまでにどのような予約をしてきたかを判断してシステム側から携帯電話のメールに予約内容を問い合わせて、ワンプッシュの返答で予約が完了するようにするなど、ソフトハードの様々な工夫が必要である。

図3 PCでの予約画面

図4は高齢者用端末の画面である。高齢者にはカードを持ってもらい、カードについているICチップのIDから自動認証をする。カードをかざすと過去の利用履歴からよく使う行き先の候補が自動的に表示され、画面を数回タッチするだけで予約が可能になる。このような個人にあったシステムの構築がプラチナ社会において重要になる。

図4 高齢者用端末

後述する三重県玉城町では、本システムを町内の43ヵ所に配置している。配置先は、公共施設や病院やスーパー、郵便局、銀行などである。タッチパネル機能のついたパソコンと、インターネット環境さえあれば簡単に導入できるようになっている。
図5に車載器の様子を示す。時々刻々変わる予約をすでに運行に入っている車両に通知する必要があり、ここではスマートフォンを用いて車載器をつくった。タクシー車両に乗せることも考慮し、小型で操作も単純なものにしている。次の行き先や、到着時間、乗降客情報などが表示される。停留所がたくさんあるためにその場所が運転手にもわからないことがありカーナビの機能も必須である。誰がいつ、どこからどこまで乗ったかなどの情報はこれからデータベースに直接アップロードされる。

図5 車載器の様子

東大が開発した車載器は、地元の高齢ドライバの方でも容易に操作できるように工夫されている。まず、画面の文字情報を基本的に音声で読み上げる機能である。たとえば、運転中に新しい予約が挿入されて行き先が変わった場合には、運転しながら画面を確認すると危険である。そのため、音声ガイダンスで情報を読み上げる機能が必要になる。
また、車載器のボタンを極力減らし、赤・青・黄の3つのボタンですべての操作ができるようにした。画面を機能ごとに分け、1つの画面の機能を減らすことで、各画面の操作が簡便になる設計となっている。

3.社会実験と設計手法

これらの社会システムは実際に社会で実験を行い設計にフィードバックし完成を目指す必要がある。実際にこのシステムが使われるかどうか、社会的受容性についても確認しなくてはならない。また人口や高齢者の分布や駅や病院、スーパーマーケット等の配置、インターネットの普及率などや、予約の簡単さなどもシステムの成否に関係する。これらのさまざまな要素を社会実験によって検討しなくてはならない。

柏市での実証実験

このシステムは東京大学大学院新領域創成科学研究科で開発され、その所在地である千葉県柏市で最初の実験が行われた。図6に千葉県柏市の位置および概略を示す。

図6 千葉県柏市の位置および概要

柏市は、千葉県の北西部に位置する市である。中核市、業務核都市に指定されている。市中央部は東武野田線・JR常磐線、国道6号・国道16号が交差する交通の要衝で、1970年前後に東京のベッドタウンとして人口が急増した。人口約39万人で、千葉県内では市川市に次いで5位である。市北部はつくばエクスプレスが通り、大学、研究所、産学連携施設などが集積する文教地区としての顔を持つ柏の葉地域が中心となっている。路線バスは、おもに鉄道駅と市内の住宅地を結ぶ路線が運行されている。
実験地域として選定した地域は、柏市北部地域で、柏市中心部にあたる柏駅周辺や交通過疎地域である南側の沼南地域は対象としていない。大規模実験を目的に、96日間で1日に12時間オンデマンドバスを運行した。車両はセダンタイプ(定員4名)で、利用者数に応じて3台から5台の範囲で調整した。運賃は無料で行った。
オンデマンドバスシステムに蓄積されるログデータから利用者数の推移や移動軌跡などの分析が可能になる。まず、利用者数であるが、96日間の実証実験で1万5451人を運ぶ大規模実験となった。実験が進むにつれて利用者が増え、15日の間移動平均分析では、実験開始時と実験終了時を比べると4倍以上の利用者数となった。
図7は柏市北部実証実験の利用軌跡である。直線がODを示す。この図より、個人の需要に対応した移動サービスを提供できていることがわかる。また、データベースにはどの利用者がいつ、どこからどこまで利用したかの情報が蓄積されており、図に示すようなデータの絞り込みが容易にできる。図は地域の高齢者の移動を抽出したものである。このようなデータを使って高齢者の移動を把握し、地域に最適な交通システムを導入することも可能になる。この手法をモビリティ・センシング(移動の計測)と呼んでいる。

図7 千葉県柏市で得られたトリップパターン

利用者の一部にアンケート調査を行い、サービスの評価を行った。
「便利な点および不便な点」の調査結果からは、オンデマンドバスシステムの特長と言える、「バス停が多くあり、ドア・トゥー・ドアの移動に近いこと」および「好きな時間で予約できること」、「予約が簡単であること」が全体的に評価されていることがわかった。一方で、「予約の手間が面倒であること」等の課題も明確になった。
図8に示す「以前の移動手段」の調査結果からは、自家用車、バイク、タクシーといった乗り合い機能のない移動手段からの乗り換えが17.9%見られることがわかり、公共交通機関へのモーダルシフトを誘発し、二酸化炭素排出の低減につながっている。また、家族に送迎してもらっていた人が4.8%、新規移動の創出が5.7%程度見られ、交通弱者に優しい交通機関となっている。一方で、路線バスからの乗り換えが42.4%見られ、既存路線との競合が課題であることがわかった。オンデマンド交通と既存の交通手段との調整は非常に重要で難しい問題である。オンデマンド交通事業を行ううえで、路線バス事業者、タクシー事業者の理解は必須である。

図8 オンデマンド交通を利用する前の移動手段(1200人)

また、採算性分析からは、実際に1回の乗車にかかったコストを算出すると845円であったのに対し、支払い意志額分析の結果は353円であった。コストの主要因を1人当たりの経費で示すと、車両費が677円、オペレータ雇用人件費が90円、システム使用量が78円となった。支払い意志額と実際かかる経費に6割程度の乖離があり、採算性をあげる工夫も課題であることがわかった。

三重県玉城町での実運用例

構築したシステムを様々な自治体で実証運行し、H23年10月末時点で8自治体にて本格長期運行が決定している。その中の1つである三重県玉城町の事例を示す。
図9に玉城町の地図を示す。三重県玉城町は伊勢平野の南部に位置し、東境で伊勢市に接している町である。純粋農村地帯で高齢化率も全国並みである。玉城町の人口は2010年11月現在1万5388人であり、近年大企業の工場なども誘致された効果もあり、緩やかではあるが増加している。

図9 玉城町地図

H19年に民間バス会社が撤退し交通空白地域となった。これを補うために路線運行の福祉バス(コミュニティバス)が運行されてきた。しかし、福祉バスも大赤字で費用対効果が見合わず運行を断念せざるを得ない状況になっていた。また、福祉バスの停留所が自宅から遠かったことも不満の原因となっていた。
そこで、県外に出る幹線の福祉バスのみを残し、他の路線はすべてオンデマンド交通に切り替えることにした。停留所はきめ細かく配置して、利用者の便をはかった。2009年11月4日より町内全域でオンデマンド交通の運行がスタートした。図中にはバス停の位置もあわせて示してある。バス停は町役場、図書館、保健福祉会館、公民館、駅といった公共の施設だけでなく、病院、薬局、スーパー、銀行、温泉施設といった日常的に利用できる施設にも設置されており、利用者は各字に数ヵ所設置されている自宅の最寄りのバス停から乗車する。2010年12月の時点で設定されているバス停数は138箇所となっている。福祉バスの乗降所は40ヵ所程度であったのに対し、住民の要求に応じて自由にバス停を増やすことで利便性の高さが好評を博している。
玉城町では図10に示すようなオンデマンド交通を「元気バス」と呼称し、平日3台、土日は1台体制で運行している。社会福祉協議会が運営し、バス会社を退職した運転手を雇い入れるなどしている。高齢者が多いためにオペレータを2名配置して電話で予約を代行している。日曜日はあえてオペレータをなくし、利用者にコンピュータ(パソコンやスマートフォン、市内に配置したタッチパネル端末)からの予約のみ受け付けている。利用する高齢者も家族に予約をしてもらったり、自身でコンピュータ端末の利用の仕方を積極的に学び始めたりするなど、良い効果が現れ始めている。

図10 元気バスの写真

利用者は徐々に増えてきており、現在は1日で150名以上が利用する日もある。高齢者の外出支援になっており、火曜日と金曜日には福祉協議会で開催されている元気体操教室への移動に集中して利用されている。オンデマンド交通の導入によって、町内様々なエリアから体操教室に参加できるようになった。そのために、オンデマンドバス導入後、当該教室の参加者数は以前の3倍になっている。また、体操教室の後、複数名で町内の温泉や買い物に行った後、各自の家に帰るといった利用などもされている。オンデマンドバスが、高齢者の社会参加を支えているといえる。
高齢者の社会参加が促進されると、元気高齢者が増え、地域のコミュニティが強化されることや町が負担する医療費が下がることが期待されている。玉城町のレセプト(診療報酬明細書)を分析した結果によると、玉城町では町の医療費負担分が年々増加傾向にある。その原因は、病院に通う回数が増えているわけではなく、一診療当たりにかかるコストが大きくなっているからだという。具体的なデータを示すと、1件当たり30万円?80万円のレセプトがH19年度には月34件あり、1件当たりが56万円であったのに対し、H22年度になると月55件に増え、1件当たり66万円になっている。80万円以上のレセプトについては1件140万円当たりの件数についてH19年度が月平均4件だったのに対し、H22年度には12件と年間100件近く増えている。これらの増加分だけで玉城町の医療費負担分は年間3億4千万円増えている。
このデータが示すのは入院や手術を必要とする重病での診療が増えているということになる。これは、普段「ちょっと具合が悪いな」と感じる場合でも移動の足が不便なために病院にいけず、重病になってはじめて診察を受けるためであると推察されている。仮にオンデマンド交通によって気軽に病院に行かれるようになれば、重病患者が減るのではないか、またそのことによって町の医療費負担分のコストが減るのではないか、と期待されている。
さらに、高齢者の事故は現在社会問題になりつつある。高齢者になると身体機能が低下するために咄嗟の反応が難しく、事故を引き起こす。玉城町が行ったインタビュー調査によると65歳以下の町民に「車を運転することは?」と聞いたところ多くが「移動手段の1つ」と回答した。ところが、65歳以上の町民の多くは「生き甲斐」と回答したという。すなわち、車を手放すと移動手段がなくなり、様々な活動への参加などができなくなる、車は生きるためのツールというわけだ。玉城町の社会福祉協議会では「車は移動手段であり、『いきがい』にしてはいけない」をスローガンに、元気バスの普及に力を入れている。元気バスを導入して1年半、その効果もあり、運転免許証を自主返納し、元気バスの登録に来る高齢者が多いという。
また、玉城町では少しでも利用者の予約の手間を減らすべく、元気バスの利用者の多い時間帯に、定期路線バスを走らせることを計画している。オンデマンドバスの需要を分析してみると1つのルートを作ることができる。図11は元気バスの利用履歴から地域に最適な路線バスの運行計画を考えたものである。図に示す通り、このルートに時間を決めて運行すると予約の手間を省くことができる。

図11 バスルートの開発

また、図12に示すようなスマートフォンを高齢者に配布している。配布されたスマートフォンは、①予約の簡便化、②地域の安全見守りサービス、および③本人の安否確認に活用されている。

図12 玉城町で実際に配布しているスマートフォンと予約アプリケーション

図13 玉城町で実際に配布しているスマートフォンと予約アプリケーション

まず、予約の簡便化であるが、タッチパネルの開発で得た知見をもとに、高齢者でも使いやすいように工夫された予約アプリケーションを開発した。これによって、利用者が簡単に予約することができる。スマートフォンにはGPSという自分の位置を人工衛星によって特定する機能がついており、その機能を活用して現在位置の付近の乗降場所を探すことができる。また、本人がよく利用する乗降場所を推薦機能で提示することで、使えば使うほど自分にあったアプリケーションになるように工夫されている。
図14に示す「安全見守りサービス」は、高齢者・障害者の福祉・防犯の観点から、先の①「簡単予約」で開発・活用するICTインフラと人的ネットワークを積極的に有効活用し、地域全体で高齢者・障害者の見守りサービスの提供を行うサービスである。

図14 スマートフォンを用いた安全見守りシステムの概要

携帯型簡易予約端末を持つ利用者が、自身がけがをした場合、もしくはけが人を発見した場合などの緊急事態に遭遇した場合に、簡単な操作で自身の位置情報をサーバに送信する。受け取った情報はリアルタイムに社会福祉協議会のオペレータに通知されると同時に、地域内に存在する設置型簡易予約端末にも通報され、近くにいるICT人材(地域の見守り活動に参加している方をこのように呼んでいる)が駆けつけることが可能となる。
開発した安全見守りサービスでの特徴は次の2点である。
緊急時にはボタンを押すだけで、端末のGPSの位置情報をサーバに送信し、運行主体の社会福祉会館へ通報する。さらに、送られた位置情報を元に、最寄りのICT人材に連絡が行き、すぐに現場へ駆けつけることが可能となる。
端末を持つ利用者が当事者としてだけでなく、町中で異常を発見したときにも簡単に通報できるため、携帯型簡易予約端末の保有者がパトロール要員としての機能を果たすことができる。
図15に示す安否確認サービスは、利用者が元気であるかどうかを定期的に確認する仕組みである。24時間以上スマートフォンの画面に何かしら触れた履歴がない利用者をシステムが集計し、図中にあるような安否確認メールを流す。これで「元気です」と触れられた場合は問題ないが、反応がないあるいは要救護の意思表示をされた利用者をリストアップし、元気バスのオペレータに知らせる。オペレータは電話確認を行い、場合によってはスマートフォンの場所(GPS検索)で駆けつけるといった仕組みである。

図15 安否確認システム

このように玉城町では、スマートフォンを高齢者に配布し、新しいサービスへと展開させている。そもそも社会参加のための出かける喜びを創出する仕組みとしてオンデマンド交通を運行し、また単なる移動手段ではなく見守りや安否確認など生活と密着した付帯サービスを展開させ、安心で安全な町づくりに活用している事例といえる。

4.社会データの蓄積と都市設計などへの利用

オンデマンド交通システムの特徴として、地域の移動データが蓄積されることである。これらの移動データを用いて単に運行実績を評価するだけではなく、もっと様々な活用事例が考えられる。

モビリティセンシング

すでに図7や図11で事例を示した通り、東大ではオンデマンド交通に蓄積される社会データを活用してモビリティセンシングを行うことを提案している。

図16 モビリティセンシングの概念

表1 パーソントリップ調査とオンデマンド交通運行データの違い

当初のモビリティセンシングの欠点は、オンデマンド交通の移動データのみしかないため、データに偏りが考えられることであった。すなわち、自家用車で移動している人や、徒歩や自転車で移動している人がデータに含まれないことである。地域の移動分析に一般的に活用されているパーソントリップ調査とオンデマンド交通運行データとを表1に比較した。
オンデマンド交通運行データと、パーソントリップ調査の大きな違いに、求まる移動の細かさがある。パーソントリップ調査では、アンケートの段階では詳細に得られる出発地・目的地の情報をデータとして入力する際にゾーンに集約させるため、ゾーンよりも細かな単位で需要の分布を求めることができない。設定されるゾーンは一番細かく分類されたもので、夜間人口1万5000人を目安に分割される大きさがあるため、都市圏内などの大きな範囲での交通需要を求めるのには適するが、地域内の細かな移動分析には適さない。一方オンデマンド交通運行データでは、利用者の自宅前を含む、地域内に設定された数百から数千個のバス停間の詳細な移動を把握することが可能である。
さらに、パーソントリップ調査では事前に総務省への届け出が必要で、調査費用が数千万?数億円かかることもあることから頻繁に行うことができないのに対し、オンデマンド交通の運行データを用いる場合にはデータを取得するための認可・費用が不要であり、データも常に最新のものが手に入る。また、オンデマンド交通の運行期間でのデータが蓄積されるので、曜日変動・季節変動などを把握することができる。
一方で、調査対象となるサンプル数は、パーソントリップ調査では2%?3%程度であるのに対し、オンデマンド交通の場合は利用登録者数であり、三重県玉城町の場合で全住民の6%程度となっている。しかしながら、パーソントリップ調査では調査対象地域でサンプルに偏りがないように調査対象者を選択するため統計的な偏りが小さくなるが、オンデマンド交通の運行データでは利用者の偏りがそのまま統計的な偏りになる。そのため、オンデマンド交通の運行ログを用いる際には、統計的なデータの補正やデータの補完が必要とされる場合がある。さらに、パーソントリップ調査では、移動目的が質問項目にあるため、目的を正確に把握することができるが、オンデマンド交通の運行データでは、目的地のバス停に設定されているカテゴリから移動目的を推測するため、カテゴリの分類が非常に重要である。
以上のようにオンデマンド交通運行データを交通需要調査として使用する際は、データ取得の簡易性と、得られるデータの細かさ、データサンプル数、更新頻度、といった部分で既存の交通需要調査として優れていると言える。
その一方で、サンプルの統計的な偏りが生じている可能性がある点や、移動目的を移動先施設から推定していることなど、既存の調査に比べると弱い点である。
これを解決する手段として、他の統計データ(人口動態データや就学人口や就業人口などの一般的なデータ)からオンデマンド交通運行データにあるサンプルの偏りを補正する技術を筆者の研究室で開発した。この技術を用いることで、信頼性のある程度高いデータを用いた都市設計が容易にできるようになった。

情報セキュリティ

モビリティセンシングを行ううえで、情報セキュリティの確保は課題といえる。企業へのサイバー攻撃が増えるなか、如何にサーバに蓄積されている個人情報を守り抜くかといったことは重要な課題である。東大の開発したシステムは、蓄積する情報を①個人情報ではない情報、②個人情報の一部であるが公開してもそれだけでは個人が特定されない情報、③個人が特定される個人情報の3段階に分け、情報の種類によって確保すべきセキュリティを変えるといった工夫をすることにより、情報セキュリティのリスク分散を行っている。
たとえば、個人を特定できる個人情報については、インターネットにつながっていないデータベース上に保持し、内部コンピュータのみがアクセスできるようになっている。

5.今後の展開

今後の展開として、東京大学では①電気車両との連携、②医療・福祉サービスとの連携、③買い物サービスとの連携の3点を考えている。

電気車両との連携

まず、電気車両との連携であるが、現在電気自動車の普及が注目されており、国の補助金などを利用して地域で充電スタンドを積極的に設置している自治体が多い。しかし、電気自動車は航続距離が短いと言われ、公共交通機関に電気車両を利用することは難しいと言われていた。
ところが、オンデマンド交通のデータベースには、車両ごとの走行距離やこれから受け付ける予約の数・タイミングがすべて蓄積されている。すなわち、オンデマンド交通運行計画生成アルゴリズムに、車両の走行可能距離を制御するプログラムを加えることで電気車両に適切なタイミングで適切な量の充電を促すことができるようになる。その概念を図17にしめしている。

図17 電気自動車との連携

医療サービスとの連携

また、図18に示す通り医療サービスとの連携も検討に入れている。現在、利用者がオンデマンド交通を利用して病院まで移動することを考えると、病院の予約およびバスの予約と2度の予約が必要になる。これらを1つに統合することで利便性が大幅に向上する。電子カルテや来院予約システムとの連携を考えている。仮にこれらのシステムが統合されれば、次の来院の時間などを予約した際に、自動的に自宅前まで迎えに来るオンデマンド交通も予約されるようになる。

図18 医療サービスとの連携

買い物サービスとの連携

同様に図19に示す通り、買い物サービスとの連携も考えている。単に利用者をスーパーやショッピングセンターに運ぶだけではなく、タイムセール情報などで顧客の買い物需要を喚起したり、商品の宅配サービス、買い物代行サービスなどと連携したりすることなども十分に実現可能である。経済産業省がH22年に試算した数値によると、現在我が国には買い物難民と言われる人々が600万人以上いると言われている。彼らを救うシステムとして地方部を中心に期待されている。

図19 買い物サービスとの連携


6.オンデマンド交通で変わる都市の姿

個の需要に弾力的に対応できるオンデマンド交通の導入によって、都市にいろいろな変化がもたらされる。
三重県玉城町の事例で紹介した、高齢者の元気体操教室の参加者が倍増し、町営の温泉施設が賑わいを取り戻したというのは、オンデマンド交通が都市に与えた変化のほんの一端に過ぎない。こういった効果の積み重ねが、将来は都市のコミュニティに変化をもたらし、プラチナ都市の1つのありようになる。

コミュニティの変化

まず、コミュニティにもたらす変化について述べる。図20に示した通り、これまでは地縁などの空間集約的なコミュニティが主であった。そのため、人が高齢者になり、身体機能が低下してくるにつれ関係は希薄化していき、免許を返納した時点で家族に頼らざるを得なくなっていた。

図20 オンデマンド交通によって変わるコミュニティ

オンデマンド交通の導入によって高齢者が自由に移動できるようになれば、買い物やイベント、サークル活動等への参加を自主的に行うことができる。そうなれば、高齢者が人と関わる機会が増え、多様なコミュニティが生じる。

北杜市教育ファーム

高齢者が社会に参加しやすい環境が整うと、今度は社会参加の場を生み出す必要があり、また高齢者に社会参加をはたらきかけることが必要になる。社会参加の場とオンデマンド交通が結びついている事例として図21に示すような教育ファームがあげられる。これについては平成23年度科学技術振興機構の研究資金を得て山梨県北杜市と東京大学等が共同研究を行っている。

図21 教育ファームの様子

農業の知識のある高齢者が10人ほど集まって子供たちに農業を教える活動である。山梨県北杜市では自宅から教育ファーム事業の圃場までオンデマンド交通で移動し、そこで子供たちや高齢者とふれあい、またオンデマンド交通で自宅まで帰るという事例が見られる。これによって、元気高齢者が多くなることが期待されている。
一方で明確な課題がある。現在、北杜市の教育ファーム事業では、社会参加の場の提供を市が行い、かつ高齢者への社会参加の活動の告知や割り当てについても市の職員が人手で対応している。そのため、高齢者のマッチング作業がとても大きな負荷となっている。現在は数十名程度の高齢者の中から適切な人を割り当てる作業であるが、これが社会参加の場や機会が増え、対象高齢者が増えると人手で行うには限界がある。
これら社会参加の場と高齢者を結びつける仕組みづくりの開発が急務といえる。オンデマンドシステムでは、交通機関という側面のほかに利用者個人との連絡手段を持つという利点がある。教育ファームへの参加とオンデマンドバスの利用をあわせて予約システムとして参加者を募ることも可能である。前述した医療との連携と同じである。民間企業がこの仕組みをインフラとして提供し、地元のボランティアやNPOがその仕組みを活用して、地域の高齢者に様々な社会参加を促すことでこの社会参加の取り組みは大きく展開でき、高齢者がいきがいを持ち続けることができるのである。

同心円状に発展する都市

オンデマンド交通によって、都市の構造が変わる仕組みを説明する。図22に示す通り、これまでは、コンパクトシティ、ファイバーシティといわれ、鉄道や幹線道路のバス路線上にのみ住宅地が発展している。オンデマンド交通が導入されれば、駅までの交通手段がいつでも意のままに利用できるようになる。駅までの移動のしやすさは幹線道路やバス路線の影響を受けることなく、駅から同心円状に住宅が広がっていくことが考えられる。これまでは線状に発展していたため、面積は限られていたが、ゆったりと円状に発展するまちの中で、自宅のすぐそばに自分の管理する農耕地をおく、なども十分に可能になる。

図22 オンデマンド交通によって変わる土地利用

このようにオンデマンド交通の導入によってコミュニティや土地利用といった人の生活を支えることができる。

7.まとめ

プラチナ社会は、年齢・性別等を問わず、個人個人が生活を楽しみ、社会参加あるいは経済活動に貢献できる社会である。生活地域内のモビリティの確保は、社会が取り組むべき最も重要な課題の1つといえる。本稿では、その1つの提案としてオンデマンド交通を掲げた。ICTを活用することで、単なる公共交通機関から、いろいろな医療・買い物等の社会サービスにつなげることによって個人を尊重した新しい社会基盤生活基盤をつくりあげることができる。個人の利便性が高まるばかりでなく、土地の利用法なども変わってくる。同時に、移動データを利用することによって新しい社会のあり方や変化の方向についての数量的な議論を行うこともできる。オンデマンド交通は、プラチナ社会を支える強力なシステムであると考えている。
大和 裕幸(やまと ひろゆき)
東京大学大学院新領域創成科学研究科 人間環境学専攻 教授
東京大学フューチャーセンター推進機講長
東京大学工学部船舶工学科卒業。同博士課程修了。航空 宇宙技術研究所で低騒音短距離離着陸実験機「飛鳥」の 開発と飛行試験に従事。アメリカ航空宇宙局 NASA エームズ研究センター(1987 ? 1988 年)。東京大学工学部船舶工学科助教授。同環境海洋工学専攻教授を経て、1999 年より現職。新領域創成科学研究科環境学研究系長(2003 ? 2007 年)、同研究科副研究科長(2007 ? 2008 年)、同研究科研究科長(2009 ? 2011 年)を務める。専門分野は、産業 情報インフラストラクチャ論、交通システム論。
主な著書
「人工環境学」(編著、東大出版会)他
経歴・業績詳細
URL:http://www.nakl.t.u-tokyo.ac.jp/~yamato/index.htm

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